Vol.510「最終回」
2019年12月28日
「アリの独り言」最終回。「アリ園長の独り言」から始めて11年、最後までお読みいただき本当に有難うございました。と言っても、いったい何人の方がご覧になっているのか皆目見当もつかず、カウントする気もさらさらなく、誰かを特定しようとも思わず、ただ宙に声を発しているような不思議な感覚です。
始めた当初は明確な目的がありました。それは顧客を増やすこと。当時は会員制の農業体験が主事業で、ただ「うちの商品を買ってください」的な内容ではダメだと思い、何らか引き付ける内容で、継続的に読む気になり、結果的に事業の姿勢が伝わり、じゃあ一度行ってみようかな、と思って頂けるような状況が作れないかと考えました。
そこで参考にしたのが開高健の「オーパ」。1977年、月間プレイボーイに連載されたアマゾン川で巨大魚を釣る紀行文です。(のちに単行本化・続編あり)開高健の紀行を通じて自分も疑似体験しているような感覚が持て、それが何とも楽しく、ことある毎に読んだ本でした。それを起業に置き換えて、起業の紀行が疑似体験的に伝われば面白いのじゃないかと思い、始めたのが「アリ園長の独り言」です。園長とあるのは「しょうりき山里公園」という名前で事業を始めたから。
上記と対をなすように、裏にもう一つの目的がありました。それは、これまで関係を持った人々との繋がりを維持し、評価されたいという欲求です。おそらく当時の自分であればその目的は否定すると思います。しかし、今になって振り返れば、かなり強くその意識があった。もしかしたらこちらの方が強かったとさえ思います。それほど、過去の関係が断たれるのが怖かったし、認められたいという強い思いがありました。
そんなことが背景にあったこともあり、当初は何だかとても力が入っていました。ネタ帳も作り、投稿に毎回何時間もかけ、文体もちょっと開高健を意識したりして。しかし、10回を過ぎたころから早くもネタ切れになってきました。自分の経験の浅さを痛感すると共に、月曜日(始めた当初は月曜に投稿)に書くのに木曜日ぐらいからそわそわ、重い気分で投稿の日を迎えるのもしばしばでした。
(始めた当初のブログ ちょっと恥ずかしいですが宜しければ。。。) http://ww7.enjoy.ne.jp/~magoyasaiari/contents11.html
その後、半年経った頃には早くも生活に窮してハローワークの契約社員を事業と並行してやり始め、1年半後にはご縁があってイタリアンレストランを開店したりと、何時間もかけて書くことが難しくなってきました。またその頃からフェイスブックでの投稿を始め、この反響が思った以上によく、直接色々な方からコメントを頂くのが楽しくもあり、独り言は徐々にサブ的な位置付けとなりました。当初の狙いも薄れ、ある種だらだらと1週間の出来事を書くような感じで、何度もやめようと思いました。
フェイスブックはその後も反響が増え続けコメントの返信にもかなりの時間を要するようになってきました。だからと言って、コメントに返信せずに投稿を続けるのは性格上そぐわず、やめることにしました。その時に「独り言」の位置付けを再度考え、それからは事業の状況や自分の感情を素直に書いていくことにしました。何かの狙いや誰かの目を意識するというより、自己整理の一環ような形です。それからは割と自然体で書くことができ、だからこそここまで続けてこれたのだと思います。
今となってはこの独り言がどれだけの意味を持ったのか、事業にどれだけの影響があったのかは分かりません。やめるに際しても割とすっと決めることができました。
過去の自分と決別して新たな門出!とか言えればよいのでしょうが、そんなこともなく、やめること自体が自分の変化の起爆剤になるような感じはありません。
一方、まごやさいの事業、農吉の事業とも待ったなしの状況。自分の意識を、行動を大きく変えていかないといけません。頑張ったプロセスを書いたり、問題意識をお披露目したところで何も現実は変わらない。書くことである種のガス抜きをしていたと言えるかもしれない。結果を出すべく出来ることをやるのみです。
結果報告はまた会社のフェイスブックかこのHPでお伝えすることもあるかもしれません。良い報告がしたいですね。今は野菜情報が週3回投稿されています。
>まごやさいフェイスブック https://www.facebook.com/magoyasai/
駄文に最後までお付き合い頂いたこと重ねてお礼申し上げます・。
2020年が皆様にとりまして(できれば自分にとっても)素晴らしい年になりますことを祈念しております。
株式会社まごやさい 代表取締役 / 株式会社敷信村農吉 取締役 有政雄一 @木漏れ日差し込む家のいつもの机にて